HEAVY　GAUGE

――ここ最近身体の様子がおかしい……。

　心臓のあたりに火が灯ったように、何かがくすぶっている。
　……アツイ……

｢風邪でもひいたかな……｣

　外は雨。
　かすかに湿り気を帯びる窓ガラスに額を押し付け、刹那は熱のこもった息を吐き出した。
　人工サイキッカーの手術を受け、ちょうど一ヵ月が過ぎた頃だった。

｢もう結構ですよ刹那｣

　ウォンの言葉に刹那は診察台の上に腰掛け、半裸の肩にシャツを羽織った。
　カルテを片手に、ウォンはしかめつらしい顔をしてボールペンの背で頭を掻いている。
　刹那は大人しく言葉の続きを待っていた。身体の発する熱がひどくなり、悪態を吐く余裕すらなくなっていたためだ。

｢検査の結果、とりあえず病気でないのは確かです。脳内に奇妙なホルモンが働きかけているようでして…、性的興奮状態にあると……簡潔に言うと発情期に入っているようです｣
｢はつ……！？｣

　思いもよらなかった言葉に、刹那は一瞬気分が悪かったことすら忘れていた。両の眉が器用に互い違いの方を向いている。

｢おそらく手術の後遺症による物だとは思いますが……。詳しくは調べてみませんとなんとも言えませんね｣
｢とか言いながら、なんで服を脱いで俺を押し倒す？｣
｢説明的な台詞をありがとうございます。やはりこういうことはエロ話のお約束と、いやいや……、とりあえず楽になるにはこれが一番かと……｣
｢死ね｣

　のしかかってくるウォンを殴り倒し､ついでに行きがけの駄賃とばかりに三回ばかり蹴りを叩き込んで、刹那は研究室を後にした。

｢ふざけやがって。なにが発情期だ。俺は犬猫かっつーの！｣

　身体の熱は相変わらずで、勢いのまま荒かった足取りもやがて重く沈んでくる。

｢う～～……｣

　身体の中心が熱い、重い。
　発情、と言われて文句は言ったが、何となくすとん、と納得してしまった。
　なんで思い付かなかったのか不思議なくらいだった。
　いわれてみればこの感覚はそれを示している。

　――したい……――

　ずくん、と身体の奥が疼いた。
　自分に触れてくる大きな掌を思い出してしまい、足がもつれた。

｢わ、たっ……｣

　ふんばろうと足を出すが、踏み出したその膝が崩れた。
　腰を落としてしまったらそのまま動けなくなった。

｢あ……｣

　明確に現れた体の変化に、刹那は一人顔を赤らめる。
　せめて、自分の部屋まで帰らなければ……。
　そうすればあとは自分で処理するなり何なり……。
　そうは思うのに、寄りかかった壁の冷たさが心地良いのと、体に力が入らないのとでいっこうにその場から動くことができないでいた。

　――シュン

　空気の抜けるようなドアの開閉音。
　けだるげに顔を持ち上げると、呆気に取られた顔の男と目が合った。
　どうしてこいつはこういうところで顔を出すんだか。

｢なにやってんだ、お前？｣
｢……ガデ、スぅ……？｣

　鼻から抜ける声が、自分でも驚くほど甘い。

｢刹那？｣

　異変に気付いたのか、ガデスは怪訝そうに眉をひそめて刹那の脇にしゃがみこんだ。

｢熱でもあるのか？｣

　額に当てられた乾いた掌。
　大きくて、暖かい。熱い。
　刹那は潤んだ目でガデスを見上げる。
　その首に巻き付けるように腕を伸ばし、しどけなく寄りかかる。
　なにも考えられなかった。考えることが億劫だった。
　ただ解放して欲しかった。ガデスが欲しかった。
　そっと口吻ける。二度目は深く。
　唾液の絡まる音。

　抱いて抱いて抱いて。
　俺の中をガデスのモノでいっぱいにして。

　ガデスに抱かれるのはこれで二度目だ。一度目は彼がまだ｢刹那｣と名乗る前のことだった。
　ガデスの膝の上に向かい合わせに座らされ、奥に指が差し込まれて歓喜の声が上がった。
　奥襞が貪欲に指を呑み込みまとわりつく。もっともっとと濡れた音をたてる。

｢あっ、あっ、あっ！｣

　反り返った胸にガデスの口唇が吸い付いてきた。
　二本目の指がやすやすと潜り込む。

｢あぁっ｣

　首にしがみつき、きつくその口唇にかぶりつく。そのままベッドに倒れ込んだ。
　胎内に潜り込んだ指から快感を得ようと腰をくゆらせながら舌を絡めあう。

｢あ、あ、…ん……ガ、デ…スぅ｣

　もっともっと。
　はやく、イれて、イかせて。はやくはやくはやく。

　つぷ、と銀糸をひいて指が抜ける。

｢あ、やっ……！｣

　中途半端に追い上げられた快感に、刹那は苦しげに息を荒げる。
　歪んだ頬をべろりと塗れた舌がなぜた。

｢自分で入れてみろよ｣
｢…………？｣
｢欲しいんだろ？｣

　そう言うガデスの息も荒い。
　尻にあたる硬くなったモノがぐり、と動いた。

｢自分で入れるほうが痛みも少ないんだぜ。うまくできたら俺も動いてやるからよ｣

　口の中にたまった唾液を嚥下する音がずいぶんと大きく聞こえた。
　刹那はおぼつかない手つきでガデスのベルトを外しにかかる。二度手を滑らせ、三度目にようやく外すことができた。
　ボタンを外してジッパーを下ろす。
　引っかかって脱がせにくいワークパンツをトランクスごとなんとか脱がせ、あらわになったそれの上にまたがった。
　すでに硬く屹立したモノに指を副え、一瞬の躊躇の後そろそろと腰を落としていく。

｢は…あ、あぁん……｣

　漏れる声は歓喜のそれで、そこに苦痛の色はない。
　根元までがっちり銜え込み刹那は小さく身震いした。
　ガデスは満足そうに笑みを浮かべ、刹那の細い腰をがっちり掴む。そのまま下から突き上げるように揺すり始める。

｢あ、ああっ！！｣

　ベッドのスプリングが悲鳴を上げる。
　その合間に湿った音。

｢い…、あっ……、あんっ、やっ、あ、ガデス……ガデスっ……｣

　もっと、もっと激しくシテ。コワれてもいいから、もっともっとモット――

　ぐるりと視界が反転した。
　上下が逆になり、痛いほど腰が折り曲げられた。顔の脇に膝が見える。
　ほとんど真上から、叩き付けられるように繰り返される抽挿に目の前が白くなるほどの快感を覚えた。
　飲み込みきれない唾液が口の端から糸を引いている。

｢あ……あ…、い、イイよぉ……。気持ち、イイ……｣

　何も考えていない、ただ快感を示す言葉だけが絶え間なく漏れてくる。
　白い喉が大きく反り返り、ガデスを咥えた奥襞がきつく収縮する。
　溢れる声はすでに意味も成していない。

｢あ、あぅっ、んっ、ああっ、あああぁぁあぁっっ！！｣

　締め付けが更にきつくなり、そして解放。
　己の顔から胸にかけて白濁を吐き出し、刹那はびくびくと小刻みに痙攣を繰り返している。その振動がガデスを追い上げた、

｢くっ｣

　最後とばかりに細い腰を抱え込み、自分の熱をすべて最奥に向けて叩き付ける。
　刹那はもう声も出ない。
　受けとめきれなかった分が二人を繋ぐわずかな隙間から溢れ出し、シーツの上へ滴り落ちる。

｢は…………｣

　どちらの物とも取れない呼気が薄暗闇の中で響いた｡

――余談――

｢おーい、刹那ー？｣

　苦笑混じりに呼びかけるガデスの声に刹那は応えようとしない。
　シーツから覗く肩まで真っ赤に染めてただただ体を丸めてしまっている。

　――なんで？ なんで、あんな……。

　とたん昨夜の痴態を思い出し頭に血が上った。
　結局あのあと、刹那が快感で意識を飛ばすまで二人は抱き合っていたのだ。正気ではなかったとはいえ、その間のことはまざまざと思い出すことができてしまうのだから質が悪い。

｢誘ってきたのはお前の方じゃねえか……｣
｢お、お前なぁっっ！｣

　まるで刹那の方が悪いと言わんばかりのガデスの物言いに我を忘れて布団を跳ね上げた。
　にぃ、っと笑うガデスと目が合い、気が抜ける｡

｢いまさらだろ？｣

　確かに……いまさら、か。

｢これでも結構お前のこと気に入ってんだぜ？｣

　――俺もだよ……――

　腰を引き寄せる大きな手を払いもせず、近付いてきた顔に刹那は目を閉じた。