月に祈る　～HEAVY GAUGE　２～

　訓練を終え廊下に出た刹那は日が暮れたはずの窓の外がやけに明るいことに気が付いた。

「なんだ…？」

　街の明かりだけではない別の何か。

「――月……か……」

　形は真円。
　冷え冷えとした白銀の光がはるか上空から見下ろしてきていた。

　ドクン

　何気に見上げていた刹那の内で、何かが脈打った。

　ドクン

　やばい……この、感覚は……。

　ドクンドクンドクンドクドクドクドクドク

　きた……。
　満月のたびに訪れる、不快な熱が下半身を被い始める。
　ここのところ忙しさにかまけていてすっかり忘れていた……。
　発情期。
　念願で手に入れた能力にくっついてきた、余計な付属品。
　毎月満月が昇るころになると無性に「したく」なる。その感情はすぐに刹那の理性を奪い、快楽をむさぼるための獣へと変える。今のところ大して被害がないのが不幸中の幸いなのだが。
　ぐ、と握った拳をガラスに叩きつけ、さっきまでとは打って変わった憎しみを込めた視線で月を睨みつけた。

「も…戻らなきゃ……」

　部屋に帰って、それで……。
　なるたけ平静を装って早足に歩き始める。
　それゆえに、周囲に目を配ることができなくなっていた。
　自室のドアが見え、その顔に笑みが浮かんだ瞬間。
　突然現れた腕が刹那の腰に巻きついた。

　ドクン！

　服の上から触れられただけだというのに、敏感になっている肌があわ立つ。

「ガデ…ス……！」
「そんな熱っぽい眼でにらまれたって怖くもなんともねえよ。それより、始まったんだろ？」

　耳の後ろに口吻けてきながらガデスが囁いた。
　せっかくここまで耐えてきたのに、たったそれだけのことで膝から力が抜ける。

「離せ……、貴様には、関係、ない……」
「冷てぇこと言うなって。一人でマスかいたって虚しいだけだろ？　手伝ってやるよ」
「うるさい！　貴様にヤられるより万倍ましだ！！」
「そう言うなって」

　目の前の耳たぶをべろりと嘗めて甘噛みする。

「あ、あっ」
「俺がいるから、他の奴にヤられずにすんでんだろーが。なんなら、今すぐ『ここ』でヤってやってもいいんだぜ？」

　その言葉に刹那が悔しそうに黙り込むのを見、ガデスが笑う。

「決まりだな」

　軽々と肩に担がれ、刹那は自分の部屋のドアが通り過ぎるのをあきらめと、ほんの少しの期待がこもった面持ちで見ていた。
　

　多分刹那は、ガデスに抱かれる理由が欲しかったのだ。
　こんな、誰が来るかもわからない廊下で犯されるわけにはいかない、だから抱かれるのだ、という。
　ただ、刹那自身そのことには気が付いていないのだが。

「あ、ぅん……」

　躰の中心を強く吸い上げられ、声が蕩ける。
　ガデスの髪を掴む指は押しのけようとしているというよりも、より強く体に押し付けているようだった。

「ふ…あぁ……」

　ガデスの指が奥を探り、淫らに濡れた音を立てる。
　体液のこすれる音と刹那の喘ぎ声だけが部屋の中に響いていた。

「あ、あ！　…ダメ、だ……ガデス…。も…イく……！」

　びくびくと刹那の足が宙を足掻く。
　が、もう少しで達ける、と歓喜に打ち震えたとたん、ガデスが体を離してしまった。
　つぷ、と音を立てて指を抜いてしまう。

「あ、ダ、ダメ！」

　中途半端に追い上げられ、開放されない快感が苦痛に変わる。
　慌ててしがみついてきた刹那に、ガデスが意地の悪く笑った。

「どうして欲しい？　言ってみろよ」
「――……イかせて…イれて……ガデスの、欲しいよ……」

　白い、細い指がガデスの頬をはさみ、刹那からの口吻け。

「よく言えました」

　ニィ、と歪んだ笑みを浮かべてガデスは目の前の艶かしい肢体を強引にうつぶせにさせた。
　高く上げた細い腰を一気に貫いた。

「ああぁっ！！」

　何度達しても足りないと言わんばかりに誘い、追い上げてくる。
　普段だったら取らない行動、言わない台詞。
　発情期に入った刹那はひどく淫らで艶かしく、煽情的で情熱的だ。
　それが雰囲気として表面に出てくるのだろうか。月一回の発情期を迎えるようになってから、刹那の色気が増していた。

『俺がいるから、他の奴にヤられずにすんでんだろーが』

　刹那は本気に取らなかったがあの言葉は嘘でもなんでもなく、実際上官下官を問わず彼を性的な目で見る人間は少なくないのだ。
　今のところ、刹那の鈍感さとガデスの牽制とが効いているのか視姦以上の行為に走る奴がいないのが幸いだが。

　もし、こいつに手を出す奴がいたら、俺はきっとそいつを殺すだろう。
　遠慮容赦もしてやらねえ。そいつが一番苦しむ方法で殺してやる。

　ガデスは腕の中で腰をくねらせ、つややかな声を上げる刹那をきつく抱きしめた。
　

　こいつは、俺のだ……――俺の……俺だけの……。

　――窓の外では満月が、灯りを落とした部屋の中を薄明るく照らし出していた――