snow drop

　店の外に出ると、雪が降り始めていた。冷えた空気が火照った頬に心地よい。
　少し飲みすぎたかな、と刹那は酒気の混じった息を吐き出した。と、言っても同席したガデスの三分の一も飲んでいないのだが。

「おいおい、大丈夫か？」

　ふらついた刹那の身体を支え、ガデスが顔を覗き込む。

「うん……だいじょぶ…。気持ちいいし…おいしかったし……」
「そうか」

　刹那の言葉にガデスはほっと安堵の息をもらした。
　喜んでもらえたのなら、誘ったかいもあるというものだ。

　ここ最近、出動が相次いでいるせいか鬱気味だった刹那を、気分転換にと無理に誘い出した。
　酒乱の気があったらしい父親の影響か、ろくに酒を飲んだことがないという刹那でも飲める店を数日前からピックアップし、下見、予約までして備えてきたのだ。

（よくまあ、こんなマメなことができたもんだ…）

　我がことながら背筋がかゆくなる。
　それでも、おそるおそる最初の一口を口にした刹那の、驚きから微笑みに変わる一瞬の表情をガデスは忘れないだろう。

「また…来たいな……」
「いつでもつき合ってやるよ」
「…うん……」

　ガデスの言葉に刹那はうれしそうに頷いた。
　淡く染まった頬と酒気に潤んだ瞳がひどく色気を誘い、ガデスは思わずその細い腰を抱き寄せていた。刹那は抗いもせず、ガデスの肩に身を預ける。
　刹那の柔らかな髪に鼻先を埋め、その匂いを探る。
　首筋に、耳に、触れるだけのキスを繰り返していると、ふいに刹那が小さく笑い出した。

「どうした？」
「いや……なんか、飯食って酒飲んでそのあとぷらぷらしてって…デートしてるみたいだ、と思って……」
「…いやか？」
「まさか」

　刹那は慌てて顔を上げ、真正面から覗き込んでくるガデスの眼と目があってしまい、顔をそらす。

「…ちょっと…その……う、うれしいかなって……」

　酔いのためだけでなく俯いた耳が赤く染まっていた。

「…参ったな……」

　この場で押し倒し、その身体を貪りたい衝動に駆られ、ガデスは刹那の肩を抱きしめたまま呟いた。
　そのガデスの腰に、刹那が腕を回してくる。ガデスの肩口に顔を押しつけ、ガデスの顔を見ようとしない。

「……ガデス…は、早く帰らないか……？」

　早口でまくし立てる刹那の首筋が、羞恥に真っ赤になっている。
　思っても見なかった刹那からの誘いに、思わずガデスの頬にも朱が指した。

「ん、ん……」

　部屋に飛び込んだ途端、ベッドルームに行くのも面倒くさいと玄関先で互いを貪るようにキスをした。
　舌を絡めながら、ガデスの手が慌ただしく刹那の上着を脱がせ、シャツをたくし上げ素肌に触れた。夜気に冷えた肌の冷たさが、掌から染み込んでくる。

「あ、ふぁ…ん、ぅん……」

　酒のせいかいつもより敏感な反応を返してくる刹那のベルトを外し、ズボンを下着ごと足下まで落とす。直に触れるとそこはすでに硬く勃ち上がり、先走りに濡れていた。その白濁の混じる体液を指になすりつけ、はやくも後ろを探る。

「はぅっ……」

　多少の痛みもあるのだろう、刹那が息をのんだ。それでも奥襞は待ちわびたようにガデスの指にまとわりつき、飲み込んでいく。
　ガデスの手の中のそれがびくびくと怒張を増し震える。

「あぁ……、ん…ガデス……、は、早…く……」

　刹那は崩れ落ちそうになる身体をガデスにすがりつかせ必死に堪えていた。
　はやく欲しい。ガデスを感じたい。はやく俺の中を満たしてイかせて。はやくはやくはやく――
　ぐちゅ、と音を立てて指が引き抜かれた。
　ガデスに身体をひっくり返され、冷たいドアにもたれかかる。
　押し当てられたガデスの熱さに否が応でも期待してしまう。

「――あ、あ、あっ！」

　ガデスは、無理矢理引き裂いてしまいたい衝動を抑え、ゆっくり刹那の中に押し入っていった。
　冷えた身体とは裏腹に、その内側はひどく熱い。
　漏れる声は甘く、苦痛はないらしいことに安堵し、身体を進める。

「あ、あん……ふ…ぁっ……」

　緩い動きの抽挿。身体の中をかきまわされる快感に、刹那が背をそらし身悶える。
　部屋のドアに身を預けたまま、高く差し出した腰を振る刹那の姿はひどく卑猥で、美しい。ガデスは刹那の中で自分がさらに固くなっていくのを感じた。

「は、……ぁ、んっ、あっ」

　徐々に激しくなるガデスの動きに、刹那のあごを飲み込みきれない唾液が伝い落ちる。汗にぬれた肌は朱味がさしてもまだ雪のように白く、明かりもつけてない薄暗闇の中で綺麗に映える。

「あ…あっ、ガデス…！　ガデス……！！」

　震える背に口吻けし、腕を前に回して中心を掴み、扱き上げる。

「あ、ヤ！　も……ィ…イく……！」

　びくびくと背をしならせたかと思うと、刹那はガデスの掌の中に精を放っていた。ほぼ同時にガデスも刹那の中で頂点に達する。

「……あ……――」

　目の前が真っ白になり、刹那は自分の身体がくず折れるのをどこか遠くに感じていた。その勢いでガデスが離れてしまうのを悲しく思いながら。

　衝動が抑えきれないほど誰かを抱きたいなんて思ったことはなかった。
　刹那だから。
　刹那を抱くと思うから。
　男だし、細いけど固いし、それでも。
　我慢がきかないほどに愛しいから。

　ずるり、と崩れ落ちた刹那の身体を、ガデスが慌てて抱き上げる。ただ気を失ったのだと気付き、ほっと胸をなでおろした。
　力を失った身体を横抱きに抱き上げベッドまで連れて行く。
　汚れた身体を拭いてやっていると、刹那が目を覚ました。

「あ、れ……ガデス……？」
「大丈夫か？　悪かったな無理させちまって」

　刹那が横に首を振る。

「大丈夫だ。別にどこか痛いわけじゃないし…」
「…そうか」

　ガデスの指が刹那の髪を撫でる。
　猫のように目を細める刹那の隣にそろりと身体を滑り込ませると、刹那はすりよるようにその胸元にしがみついてきた。
その肩を抱き寄せ、深く息を吸う。
　刹那を抱くとひどく安心させられる。
　ガデスは刹那の匂いに包まれ目を閉じた。
　たぶん自分は、自分で思っている以上に細かく考えすぎているんじゃないだろうか。
　だからこそ、気の置ける恋人の存在が愛しくてたまらない。
　たぶん刹那と離れたら、壊れるのは自分の方だ。

　カーテンを引いていない窓の外。
　うっすらと積もりだした雪が世界を白く染め始めていた。

　――このまま時が止まってしまえば……――