昏いユメ

　目を閉じると、闇がのしかかってくる。
　とろりと、血のような甘い金臭さを伴いまとわりついてくる一面の闇。それがもたらすものは、母の胎内に還るような安堵感と本能的な恐怖だ。
　微睡むような心地よさと同時に、孤独と不安感に押しつぶされそうになる。
　怖かった。
　かつて自分がそれを従えていたことが信じられないほどに、闇が恐ろしかった。　
　伸ばした手の先どころか、見下ろす自分の身体すらも見ることのできない濃厚な闇。
　上下左右の感覚すらも薄れ、自分が立っているのか寝ているのか……生きているのかさえ、わからなくなる。
　人の気配の感じられない、まるで死滅した空間――
　そこにたった一人で――

「…な……刹那…」

　軽く頬を叩かれ、刹那は目を覚ました。
　目の前には見慣れた顔が心配そうに眉をひそめている。

「……ガ、デ…ス……？」
「だいじょうぶか、ずいぶんうなされてたぞ」

　無骨な指が汗で張り付いた額の髪をかき上げ刹那の顔を覗き込んでくる。
　寝起きに霞む目尻をこすって、刹那は自分が涙を流していたことを知った。

「へんな夢でも見たか？」
「夢……」

　確かに。なにか見たかもしれない。
　内容までは覚えていないが、強い恐怖感だけが残っている。ガデスの手に添えた手が止めようもなく震えていた。

「顔色悪ィぞ」
「ん……」

　小さく頷き、ガデスの腕を支えに身体を起こす。
　パジャマの背中が寝汗でぐっしょりと湿っていた。
　子供をあやすように抱きしめてくれるガデスの腕が暖かかった。
　強ばっていた身体からゆるゆると力が抜け、指先の震えも治まってくる。

「もう、平気か？」

　ガデスの口唇が、刹那の眦からこめかみに流れていった涙の跡をたどる。

「…うん……」

　刹那が頷くとがデスは安心したようにほっと小さく息をもらし、触れるだけのキスをした。

「もう寝ろ、ここにいてやるから」

　額に口吻け、その頭を抱え込む。

「……ん……」

「ガデス……」
「どうした？」

　能力を失って、ただの人間になって。それでも。
　――俺の側にいてくれるのか？
　答が怖くて聞くことができない。
　刹那は小さく首を振り、目を閉じた。
　目を閉じるとガデスの低い心臓の音が響いてくる。
　髪を梳く指がやさしく、暖かい。

　――だいじょうぶだ……俺は、一人じゃない……――
　ガデスがいる。
　触れることができる。すぐ側に……。

　今は……今、だけは……。

　
　――昏い夢はもう見ない。