Only you can heal me.　～Setsuna～

　大嫌いだあんなやつ。
　わがままで身勝手で強引で、自分中心に世界が回ってると思ってて。
　俺よりでかくて、強くて、いっつも俺のこと馬鹿にしやがって。
　俺のこと無理矢理強姦したくせに妙にやさしかったりするし、いやだって言ってんのに何度も何度も何度も何度も抱きにくるし。
　ふざけんなってんだ。おまえなんか大っ嫌いだ！！

　嫌い…なはずなのに、…何でこんなに気になるんだよ。馬鹿野郎……。

　ガデスが俺とは別の場所にノアの残党狩りに出かけて3日が経っていた。
　簡単なミッションのはずだった。一日で帰ってくると言っていたのに……。
　あいつは…まだ帰ってこない……。

　正面玄関近くを通るとき、（そこから帰ってくるとは限らないのに）つい遠回りをして見に行ってしまう。
　窓際を通ると空を見上げて姿を探してしまう。
　訓練には身が入らず、暴発させてしまった能力につまらないケガをした。

「……今日はここまでにしておいた方が良さそうですね」

　ため息混じりのウォンの言葉に落ち込みもしたが、同時にホッともしていた。
　医務室で簡単な治療を受けて部屋に帰る。
　窓辺でやっぱり空を見上げてため息をついている自分に舌打ちをした。
　変だ、俺……。
　ガデスなんて帰ってこない方が清々するのに。

（本当にどうしたんだろう、あいつ……）

　あいつさえいなければ、俺が一番になれるんだ。

（手こずっているのか…？）
（それとも傷を負って動けなくなってるとか？）

　あんなやつ……このまま帰ってこなきゃいいんだ。

（もしかして……死……）

「そんなことあるわけないだろ！！」

　不意にでてきた不吉な想像に思わず声が出た。
　拳を叩きつけた窓に蜘蛛の巣のようなひびが走る。
　あんなしつこい奴がそんな簡単にくたばるはずがない。
　あいつが…そんな簡単に死ぬはずがない……。
　――……俺を置いて行くはずがないんだ……。
　きっとすぐ帰ってくる。
　俺がこんな思いしてるのも知らないで、いつものように笑うんだ。
　そうに決まってる……。

　ガデスの部屋の前まで行き、部屋が無人なコトを確かめてまたため息がでた。
　……何で帰ってこないんだよ……。
　無人のベッドに腰掛けると、ベッドのきしみと一緒に胸が痛んだ。
　そのまま躰を投げ出すように寝転がる。
　思い出すのは、暖かな掌、やさしく触れてくる口唇、耳元で囁かれる低い声、抱きついたときの広い背中。

　たった一日離れるだけじゃないか。
　前日、名残惜しげにしつこく抱こうとするガデスに言った言葉だ。
　そのときの痕は薄れて、もうほとんど見えない。
　明日か明後日には消えてしまうだろう。

「――ガデス……――」

　伸ばした手の先には、いつもあいつが寝ている場所。
　当然宙をつかんだ手に泣きそうになった。

　――早く帰ってこい、馬鹿野郎。
　　　おまえがいないと、俺は……俺は……――

　いつの間にか眠っていた。
　髪を梳くやさしい感触に意識を引き戻される。

「ガデ…ス……？」
「よお」

　なんて、いつもの顔でにやりと笑った。
　幻じゃないっ！？
　飛び起きた俺の頬をガデスが撫で、その手を首の後ろに回されて引き寄せられた。

「心配かけたな」
「……別、に…心配なんかしてない……」

　子供をあやすみたいに頭を叩かれているのに、怒る気も起きない。それどころか力強い腕に安心すらしていた。

「……悪かった…」

　涙が出るほど優しい言葉。

　思わずこぼれた涙は、気付かれないようにガデスの肩に押しつけた。

続き
Only you can heal me.　～Gudeath～

「クソが。てこずらせやがって」

　足下に転がる死体を蹴りつけても憂さは晴れない。
　まだケッコウな数のザコが残っているはずだ。
　まさか残党狩りごときに二日もかかるとは思わなかった。
　データが不完全だったおかげで、思っていた以上に予定が延びちまった。

　――心配してるな、きっと……。

　思い出すのは怒っているような、今にも泣き出しそうな刹那の顔。
　あいつをかばった時なんかによく見せる表情だ。
　この顔を見せた後、あいつはしばらくすねて俺のこと見ようともしねえ。
　きっと今も、こんな顔をしてるんだろう。

　たった二日だ。
　それなのにひどく懐かしい。
　早く帰ってやりたい。安心させたい。
　……いや…俺が安心したいんだ……。

　あの躰に触れたい。
　きめの細かな、手に吸い付くような肌触りを貪りたい。
　腕の中で踊る、薄く筋肉の張った細い躰の感触を思い出した手をじっと見る。
　当然その手の中に刹那はいなくて、握りこんでも掴めない。
　会いたい。触れたい。抱きしめたい。
　すぐ帰れる。---そう思っていた。
　

「刹那……」

　口に出してから後悔した。
　もう忘れられない。
　仕事だからと意識に蓋をすることもできない。

「刹那……」

　硬く握った拳を額に当てて、きつく目を閉じる。
　記憶の中の刹那の顔。
　大概怒っているその中で、時折見せるフ、と息を抜いたような笑顔。

「……刹那……」

　会いたい……。今、すぐにでも。

　――そうだ。こんなところでうだうだやってるヒマはねえ！

「オイ、お前ら！　ラストだ。一気に片付けるぞ！！」

　立ち上がり、疲弊しきっている部隊の連中を怒鳴りつける。

　一気にカタつけて、即効で戻る。
　そしたらまず刹那に会いに行こう。
　

　――早く…会いてえぞ……――

「ウォンへの報告はてめえがやれ、いいな」
「え？　あ、しかしガデスさん、傷の手当ては……」
「うるせえ、俺は忙しいんだよ」

　戸惑う下級サイキッカーに言い捨て、俺はまっすぐ刹那の部屋を目指す。

　結局あれからさらに一日がかりでようやく仕事が終わった。　
　最後の最後で気を抜いて多少の傷を負ったが、こんなことを気にしている余裕はなかった。

「刹那、いるか？」

　ノックもしないでドアを開けるが……いない？
　訓練はもう終わってる時間だし、他にあいつが行きそうな場所なんて……。

　……まさか。

　思い立って向かったのは、俺の部屋だ。
　エミリオやウォンの部屋にあいつが行くとはおもわない。
　娯楽室みたいな常に複数の人間が出入りするところも苦手だと言っていた。
　日が暮れちまったから外にいるとも考えにくい。
　だとしたら残ってるのはここしかねえ。

「やっぱり……」

　俺の部屋のベッドの上、布団を抱いて丸くなって眠っている刹那の姿に、ほっと息が漏れた。
　起こさないようにベッド脇に腰を下ろし、そっと柔らかな頬に触れる。

　――刹那だ……――

　ほとんど抱き枕と化してる布団を肩にかけてやると、ほんの少し刹那が身じろいだ。

「う…ん……、…ガデスぅ……」

　愛しく想うってのはこういう感情を言うんだな。
　さっきまでの切羽詰った感じが見る間にほどけていく。
　それが意味もなくうれしかった。

　額にかかる柔らかな髪を撫でていると、不意に刹那が薄く眼を開いた

「ガデ…ス……？」
「…よお」

　なんだか妙に緊張して顔が歪んだ気もするが、まあ気にするな。
　刹那は寝ぼけているのか、しばらく俺を見上げたまま呆けてたが、ようやく事態を認識して勢いよく飛び起きた。
　俺を指差したまま、例の怒っているような、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
　本物だ。
　ようやく戻れたんだ。
　刹那の頬に手を伸ばし、それから首の後ろを掴んで抱き寄せる。
　細い肩がびくりと震えた。

「心配かけたな」
「……別、に…心配なんかしてない……」

　そう突っぱねてくるが、その声は震えている。
　かわいい奴だよ、本当に。

　安心させたくて、ここにいるのがちゃんと俺なんだとわからせたくて、抱きしめたまま子供にやるようにその頭を軽く叩いてやる。

　大丈夫だ。
　俺はここにいる。
　そろそろと、俺の背中に腕が伸ばされ、ぎゅ、とＴシャツを掴んだ。
　そう。刹那はここにいる。俺の腕の中に……。
　刹那のぬくもりを感じてようやく、俺もこいつと同じくらい不安で、そして今安心しているんだということに気が付いた。

「……悪かった…」

　俺と同じ思いを、こいつも感じていたのか……。
　そう考えると、自然言葉がついて出た。

　刹那がそっと涙をぬぐったのを、俺は見て見ぬ振りをした。